螢のプレーをはじめて見たのはユース決勝、ガンバとの試合が初めてで、テレビ観戦だった。丸橋が左の攻撃的な位置で縦にガンガン勝負をしかけ、螢は今のボランチの位置より少し前にいて、攻撃の起点になっていた。
確か序盤は優勢で2-0まで試合を持っていったのに、宇佐美にやられて逆転負けだったと覚えている。1失点してから動揺が走って、あれよあれよと4点もとられた。その時は「ああ、若いからメンタルができていないのか」と思っていたけれど、悪癖はなかなかなおらなかった。
やればできる。螢のポテンシャルは、それはスゴイもので、例えば日曜の試合、前半清武に出したロングパスや、得点シーンでの上がりを観てもらえれば、納得していただけると思う。
問題は、今まではそれが続かないでいたところ。一つ悪いプレー、失敗があると、そこからガタガタとプレーの質を下げてしまう。ボランチでもマークを外してしまったり、動きが途端に消極的になる。
浦和に同点ゴールを決められた瞬間、もちろん勝ち点を失うことも恐れたけれど、それ以上に螢が萎縮してしまうのが怖かった。勝ち点はその年その年でリセットされる。優勝争い、ACL出場権争い、賞金権争い、そして残留争いに絡まなければ、別に1つや2つ増減したところでチームがどうこうなるものではない。
だが山口螢という選手の成長は、チームのこの先5年、10年に関わる一大事だ。ユースから一貫して育て上げてきた、桜の血の流れたプレーヤー。彼の成功、失敗は、大きく言えばチームの育成方針の成功、失敗さえ意味してくる。
1-1のタイになっても、なお攻撃的に、アグレッシブにボールを追い続ける彼の姿は、それだけでジンと胸が熱くなるものだった。トップの試合くらいしか見ない俺がこれなのだから、ユース年代を追い続けているサポーターにとってはどれほどのものだったろう。
この試合、もう一人のヒーローは、彼。
若いな、線細すぎる、大丈夫かな?というのが、南津守で見た扇原の第一印象だった。茶屋町とか、アメ村とかにいても溶けこんでしまいそうな少し草食系の青年が、僅か2年でこれだけのプレーヤーになるなんて、想像していなかった。ずっと彼を追い続けていた人であるなら当然の帰結なのかも知れないが…。
螢と比べて、彼は物怖じしていないように感じる。サイドチェンジ、楔のパス、どちらも成功すれば効果的だが、失敗すれば相手のカウンターを引き出してしまう。実際プレーを見た横浜FM戦でも浦和戦でも、パスがずれたり、相手に渡るシーンが何度かあった。
それでも彼は冷静に、黙々と、ロングボールを放ち続ける。シュートだって、弾丸とは言わないが、精度がいい。失敗しても、顔色ひとつ変えずにプレーし続けるメンタルは、パスの精度以上のストロングポイントではないだろうか。
二人ともまだ若い。このスピードで成長を続ければ、けが人の代役としてではなく、嘘偽り無い主力として活躍する姿を、すぐにでも観られるようになるだろう。
この夏は、何か悪いものでも憑いたように怪我人が続出した苦しい季節だった。だがその一方で若手、新戦力が現れ、チームの底上げができたという意味では、決して無駄ではなかったというのが、個人的な感想。離脱した選手が戻ってくれば、最悪の事態だけば回避できそうだ。まだまだ油断はできないが、しばらくは試合の余韻に浸らせてほしい。
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Tue 30 Aug 2011
Sun 28 Aug 2011
約束しよう。
ゲリラ豪雨とかいうやつで、窓の外はひどい雨で、地面なんか見えなかった。キッチリと窓がしめられていたけれど、それでも殴りつけるような雨音が轟々と響いてきた。
「チーム状態は、今はよくないっすけど、勝ちますよ」
と、うつむいたまま、でも力強く、そして少しぶっきらぼうに言った彼の様子を、俺はずっと見ていた。
この無愛想な負けん気が、彼を支えているのだな。高見にまで登らせているのだな。
もう一試合、信じようと思う。とか言いながら、ずっとずっと信じているんだけど。
サポーターになるということは、そのチームと結婚するようなものだ。
調子がよかろうが悪かろうが、病める時も健やかなる時も、ともにあるということを決意した時、人はサポーターになる。たまに離婚する人もいるけれど、実際の結婚よりも少ないかも知れない。
俺は、セレッソと、セレッソを愛し、少しでも強くなるよう努力を続けている人達、サポーター、スタッフ、スポンサー、関係するすべての人達と結婚した。
だからいかに苦境だろうと、むしろ苦境だからこそ、彼らを支え、応援しようと思う。彼の約束が予言になるように、今日も戦おう。
「チーム状態は、今はよくないっすけど、勝ちますよ」
と、うつむいたまま、でも力強く、そして少しぶっきらぼうに言った彼の様子を、俺はずっと見ていた。
この無愛想な負けん気が、彼を支えているのだな。高見にまで登らせているのだな。
もう一試合、信じようと思う。とか言いながら、ずっとずっと信じているんだけど。
サポーターになるということは、そのチームと結婚するようなものだ。
調子がよかろうが悪かろうが、病める時も健やかなる時も、ともにあるということを決意した時、人はサポーターになる。たまに離婚する人もいるけれど、実際の結婚よりも少ないかも知れない。
俺は、セレッソと、セレッソを愛し、少しでも強くなるよう努力を続けている人達、サポーター、スタッフ、スポンサー、関係するすべての人達と結婚した。
だからいかに苦境だろうと、むしろ苦境だからこそ、彼らを支え、応援しようと思う。彼の約束が予言になるように、今日も戦おう。
Thu 25 Aug 2011
Osaka football lovers 2011.
水曜の試合は、久しぶりにHUBで観た。
心斎橋店の機械が故障したとかで、急遽ダ・オーレ店での中継となったのだけれど、突然の変更にかかわらず結構な人でごった返していた。レプリカ姿のおっちゃんやお姉さんも多数。
試合は残念だったけれど、こうしてサポーター同士お酒を飲みながらワイワイと試合を見るのも楽しい。大阪だとこういうところって少ないからね。CHANTさんとか蹴球堂さんくらいかなぁ。知っている人はぜひコメントやメール、お願いします。
でもやっぱり関西だとサッカーってのはマイノリティな存在で、こうして共闘していないと孤独で寂しい。今スタジアムに来ている観客数は、日本のプロスポーツの中では野球についで多いらしいけれど、リピーター率がとても高いのだそうだ。つまり一人が何十回と試合を観ているということ。一見さんには間口が狭いのかどうなのか…。
そういう意味では子供の頃から当たり前のようにJリーグがある世代は大事にしないとなと思う。選手、サポーター、スタッフがしっかりと仕事をすれば、小さな子供たちの心を動かすこと、きっとできる。それを信じているから、近くの子供達でも行きたいと言えば連れて行くし、見知らぬ子でも桜色のユニフォームを着ていれば優しくできる。
この子とはダービーの時に鶴が丘で出会った。かわいいTシャツでしょ?これ、オリジナルデザインらしい!お父さんとお揃いで着ていた。いつもセレッソを愛する気持ちを持ってくれているのは、本当にありがたい。
老いも若きも、男も女も、どんな人種でもどんな宗教でも、サッカーは垣根なく飛び越えて心の中にいつく。その力がセレッソとともに、大阪でも根付くように頑張らないとね。できることは限られているけれど、それをコツコツと…。
追記
清武の怪我、軽傷ぽくってよかった。念のため土曜に確認に行きますね。
心斎橋店の機械が故障したとかで、急遽ダ・オーレ店での中継となったのだけれど、突然の変更にかかわらず結構な人でごった返していた。レプリカ姿のおっちゃんやお姉さんも多数。
試合は残念だったけれど、こうしてサポーター同士お酒を飲みながらワイワイと試合を見るのも楽しい。大阪だとこういうところって少ないからね。CHANTさんとか蹴球堂さんくらいかなぁ。知っている人はぜひコメントやメール、お願いします。
でもやっぱり関西だとサッカーってのはマイノリティな存在で、こうして共闘していないと孤独で寂しい。今スタジアムに来ている観客数は、日本のプロスポーツの中では野球についで多いらしいけれど、リピーター率がとても高いのだそうだ。つまり一人が何十回と試合を観ているということ。一見さんには間口が狭いのかどうなのか…。
そういう意味では子供の頃から当たり前のようにJリーグがある世代は大事にしないとなと思う。選手、サポーター、スタッフがしっかりと仕事をすれば、小さな子供たちの心を動かすこと、きっとできる。それを信じているから、近くの子供達でも行きたいと言えば連れて行くし、見知らぬ子でも桜色のユニフォームを着ていれば優しくできる。
この子とはダービーの時に鶴が丘で出会った。かわいいTシャツでしょ?これ、オリジナルデザインらしい!お父さんとお揃いで着ていた。いつもセレッソを愛する気持ちを持ってくれているのは、本当にありがたい。
老いも若きも、男も女も、どんな人種でもどんな宗教でも、サッカーは垣根なく飛び越えて心の中にいつく。その力がセレッソとともに、大阪でも根付くように頑張らないとね。できることは限られているけれど、それをコツコツと…。
追記
清武の怪我、軽傷ぽくってよかった。念のため土曜に確認に行きますね。
Thu 18 Aug 2011
敗戦から立ち上がる。
今日はどのみち生観戦なんてできなかったし、自宅はおろか自転車で5分くらいのHUBに行くこともできないのはわかっていたから、ただ念じていた。
だからこの目で見ていたわけではないけれど、モニのレッドカードってのは尋常ではないし、得点して3分後に失点なんてのを何度も繰り返しているのも酷い話だし、ミスから逆転を許すのも情けないし、助っ人として呼んだ外国人選手がただ控え枠を1つ削っているだけという現状も悲しい。
ただ何より辛いのは、負けが続くことで、チームやサポーターが自分を信じられなくなったり、仲間を信じられなくなって、バラバラになっていくことだ。
勝っている時、調子がいい時は隠れていた嫌な感情がボロボロとこぼれて、ギスギスしている人と人との隙間に入り込んで、痛みを生む。これは、どうしたらいいんだろう?
負けている時こそ、劣勢である時こそ、苦しい時こそ、自分に何ができるか、仲間と何ができるのか、真剣に、真摯に考えるのが大事だ。喧嘩したって当たり散らしたって、勝てないんだからさ。
2011年5月24日、あの万博記念競技場を思い出してほしい。俺達はあの時点でもう10年程も万博で勝つことができなかった。そして守備の要、キャプテンの茂庭はスタンドで試合を見ることしかできなかった。それは、絶望的な気持ちだった。
それでも、俺達は勝った。一人ひとりの力は劣っても、環境に恵まれていなくても、危機意識を持って立ち向かえば、何かができることを、誰か(神様か、仏様か、知らないけれど)が教えてくれた。
そこから僅かに3ヶ月だ。乾、ピンパォンがチームを去ったこと、マルチネスの怪我、今日の小松の負傷は痛い。それでも、杉本、永井、山口ら若手は確実に成長を続けているし、今日は扇原がボランチに、CBにとフル回転したと聞いている。差し引きで言えばマイナスだろうけれど、絶望的な差ではない。
何より、俺達は変わっていない。変わらず声援を送り続けられる、変わらずチームのためにお金を落としたり、ボランティアをしたり、そういうことができる。今すべきは、口論でも個人批判でもない、変わらずに信じていると、セレッソを信じていると言い続けることだ。
俺は、今のチームを信じる、レヴィーを信じる。それは奇跡を起こすより、ずっと簡単なことだ。
だからこの目で見ていたわけではないけれど、モニのレッドカードってのは尋常ではないし、得点して3分後に失点なんてのを何度も繰り返しているのも酷い話だし、ミスから逆転を許すのも情けないし、助っ人として呼んだ外国人選手がただ控え枠を1つ削っているだけという現状も悲しい。
ただ何より辛いのは、負けが続くことで、チームやサポーターが自分を信じられなくなったり、仲間を信じられなくなって、バラバラになっていくことだ。
勝っている時、調子がいい時は隠れていた嫌な感情がボロボロとこぼれて、ギスギスしている人と人との隙間に入り込んで、痛みを生む。これは、どうしたらいいんだろう?
負けている時こそ、劣勢である時こそ、苦しい時こそ、自分に何ができるか、仲間と何ができるのか、真剣に、真摯に考えるのが大事だ。喧嘩したって当たり散らしたって、勝てないんだからさ。
2011年5月24日、あの万博記念競技場を思い出してほしい。俺達はあの時点でもう10年程も万博で勝つことができなかった。そして守備の要、キャプテンの茂庭はスタンドで試合を見ることしかできなかった。それは、絶望的な気持ちだった。
それでも、俺達は勝った。一人ひとりの力は劣っても、環境に恵まれていなくても、危機意識を持って立ち向かえば、何かができることを、誰か(神様か、仏様か、知らないけれど)が教えてくれた。
そこから僅かに3ヶ月だ。乾、ピンパォンがチームを去ったこと、マルチネスの怪我、今日の小松の負傷は痛い。それでも、杉本、永井、山口ら若手は確実に成長を続けているし、今日は扇原がボランチに、CBにとフル回転したと聞いている。差し引きで言えばマイナスだろうけれど、絶望的な差ではない。
何より、俺達は変わっていない。変わらず声援を送り続けられる、変わらずチームのためにお金を落としたり、ボランティアをしたり、そういうことができる。今すべきは、口論でも個人批判でもない、変わらずに信じていると、セレッソを信じていると言い続けることだ。
俺は、今のチームを信じる、レヴィーを信じる。それは奇跡を起こすより、ずっと簡単なことだ。
Tue 16 Aug 2011
凡庸なダービー記事に見る「もうひとつのライティングセンス」
明日から仕事です。うはは、行きたくない。という現実逃避からキヤノンギャラリーのJリーグ写真展を中心に梅田を練り歩いてた。
んで、茶屋町のスタンダードブックストアでチリドッグを食べながらツイッターしているとセレサポとガンバサポが何やら騒がしくて、どうやらこの記事についての批判が大多数な模様。あれだけセレサポとガンバサポが一体になった姿を見たことがないってくらい一致団結してブーイングしてた。
そもそもタイトルからして「凡戦のダービーに見る「もうひとつのサッカーセンス」」と「凡戦」を頭に持ってきているあたりに「おおっ、あおってるな」という感じがする。例え自分にとって凡戦に写ったとしても、そこから「こうすればもっといい感じになるのに!」って感情がわいてきたら、少なくともこういうタイトルはつけないと思う。
記事は、ある意味正解で、ある意味全く見当違いだ。
確かに、夏の連戦では試合が間延びしやすい。去年のセレッソが夏場強かったのも各チームともスタミナ切れを起こして、3シャドーへの応対が後手に回ったから。
あの日のガンバにしてもキム・スンヨンが下がって中盤の構成力が下がるとセレッソに対して受け身にまわるシーンが出てきたし、セレッソもガンバの勘所を掴んだプレーをギリギリで止めたというのがいくつもあった。だから「サッカーの試合」を何度もご覧になった(と仰られている)筆者にすれば凡戦と書けるのかもしれない。
しかし筆者はこの試合をダービーダービーと何度も書いているのにもかかわらず、結局ダービーとして観ていないというミスをしている。だから両チームのサポーターの、試合後のブーイングが試合のクオリティに対するものだと勘違いをして、それを堂々と書けるのだ。
酷い言い方をすれば、ダービーは最も「内容を問われない」試合だ。逆に言うと「結果こそ全て」の試合ということになる。どんなことになっても、相手より1点多く点をとっていればすべてが許される試合、それがダービーなのだ。まあ、ダービーをたくさんご覧になっている方に講釈をたれるのも何だけれど…。
試合前に必死になって応援合戦をするのも、コレオを準備するのも、チームに勝利をもたらそうというサポーターの意思が具現化したものだ。
選手も選手で、この試合ばかりは「負けられない」という意識が体を動かしている。サッカーとてスポーツであるから、勝利が至上なのは当たり前であるけれど、こういう大きな試合は特にそうなる。W杯の3位決定戦が気が楽になった分面白い試合が多くて、決勝が意外に凡戦なのと似ているかも知れない。
だからといって、W杯の決勝に対して「凡戦」と批難する人は少ない。それは試合の大事さを当たり前のように知っているから。
あえて言わせてもらえば、「こういうの」がいい記事と思っている輩がいるうちは、日本のサッカー文化というのは未成熟だ。本当の意味を知って書けるライターが不足しているから、「こういうの」が跋扈する。
どんなカテゴリのライターやブロガーでも、手を抜いてしまうとこういう文章が前に出て、メディアに凡庸な記事ばかりが並ぶことを危機意識を持ってとらえなければいけない。
後出しになるけれど、この試合でセレッソの攻撃の起点として奔走したマルチネスは、疲労と怪我から明日の鹿島戦に出られない見込みだ。それくらいキツイ条件の中で90分間戦っていたのだ。
ピッチに倒れこんだ選手だって、だれも演技などしていない。サポーターならあの時へたりこんだ選手が勤勉で実直なプレーヤーだと知っている。
あの試合スタジアムにいた人々、選手、スタッフ、運営、サポーター、誰も手を抜いていたとは思わない。あえて一人上げるなら、それは満足にバックボーンや経緯を確かめずにこの文章を公に出した、筆者ではないか?
んで、茶屋町のスタンダードブックストアでチリドッグを食べながらツイッターしているとセレサポとガンバサポが何やら騒がしくて、どうやらこの記事についての批判が大多数な模様。あれだけセレサポとガンバサポが一体になった姿を見たことがないってくらい一致団結してブーイングしてた。
そもそもタイトルからして「凡戦のダービーに見る「もうひとつのサッカーセンス」」と「凡戦」を頭に持ってきているあたりに「おおっ、あおってるな」という感じがする。例え自分にとって凡戦に写ったとしても、そこから「こうすればもっといい感じになるのに!」って感情がわいてきたら、少なくともこういうタイトルはつけないと思う。
記事は、ある意味正解で、ある意味全く見当違いだ。
確かに、夏の連戦では試合が間延びしやすい。去年のセレッソが夏場強かったのも各チームともスタミナ切れを起こして、3シャドーへの応対が後手に回ったから。
あの日のガンバにしてもキム・スンヨンが下がって中盤の構成力が下がるとセレッソに対して受け身にまわるシーンが出てきたし、セレッソもガンバの勘所を掴んだプレーをギリギリで止めたというのがいくつもあった。だから「サッカーの試合」を何度もご覧になった(と仰られている)筆者にすれば凡戦と書けるのかもしれない。
しかし筆者はこの試合をダービーダービーと何度も書いているのにもかかわらず、結局ダービーとして観ていないというミスをしている。だから両チームのサポーターの、試合後のブーイングが試合のクオリティに対するものだと勘違いをして、それを堂々と書けるのだ。
酷い言い方をすれば、ダービーは最も「内容を問われない」試合だ。逆に言うと「結果こそ全て」の試合ということになる。どんなことになっても、相手より1点多く点をとっていればすべてが許される試合、それがダービーなのだ。まあ、ダービーをたくさんご覧になっている方に講釈をたれるのも何だけれど…。
試合前に必死になって応援合戦をするのも、コレオを準備するのも、チームに勝利をもたらそうというサポーターの意思が具現化したものだ。
選手も選手で、この試合ばかりは「負けられない」という意識が体を動かしている。サッカーとてスポーツであるから、勝利が至上なのは当たり前であるけれど、こういう大きな試合は特にそうなる。W杯の3位決定戦が気が楽になった分面白い試合が多くて、決勝が意外に凡戦なのと似ているかも知れない。
だからといって、W杯の決勝に対して「凡戦」と批難する人は少ない。それは試合の大事さを当たり前のように知っているから。
あえて言わせてもらえば、「こういうの」がいい記事と思っている輩がいるうちは、日本のサッカー文化というのは未成熟だ。本当の意味を知って書けるライターが不足しているから、「こういうの」が跋扈する。
どんなカテゴリのライターやブロガーでも、手を抜いてしまうとこういう文章が前に出て、メディアに凡庸な記事ばかりが並ぶことを危機意識を持ってとらえなければいけない。
後出しになるけれど、この試合でセレッソの攻撃の起点として奔走したマルチネスは、疲労と怪我から明日の鹿島戦に出られない見込みだ。それくらいキツイ条件の中で90分間戦っていたのだ。
ピッチに倒れこんだ選手だって、だれも演技などしていない。サポーターならあの時へたりこんだ選手が勤勉で実直なプレーヤーだと知っている。
あの試合スタジアムにいた人々、選手、スタッフ、運営、サポーター、誰も手を抜いていたとは思わない。あえて一人上げるなら、それは満足にバックボーンや経緯を確かめずにこの文章を公に出した、筆者ではないか?
Sun 14 Aug 2011
聖者の行進。
ダービーを観ていて、感じていて思うことは、大阪に二つチームがあることが、どれほど有難いかということ。
試合前、ガンバサポの友人と堀内チキンライスでメシを食っていた。気をきかせてくれてチャーシューライスじゃなくてチキンライスを食べてくれて、ああ気をつけてもらって悪いなと思いながら。
ガンバサポにすると、セレサポがもっとガッツリ攻めてきてくれたらな、という思いが強いらしい。熱く応援したいなら、オレタチのスタイルだろ!?ということで。
ただ、セレサポにはセレサポのスタンスがあって、それがあるからガンバの思想、哲学みたいなのについていかないぞ、という気持ちがある。
例えば仮にセレッソというクラブが無かったら、そういう「サッカー好きだけれどガンバのサポーターは…」って人の受け皿はないし、ガンバがなければ「セレサポあかん」って人はよりどころがなくなっているわけで、この2つのクラブが共に競うからこそ、大阪のサッカー好きの多くは救済されているのだと思う。
端的なのは、試合前の電車ジャックとか、行進。何の迷いもなくアレができるのはいい意味でも違う意味でもスゴイなと感じる。個人的にアレは「聖者の行進」と呼んでいる。
アレをしたからと言って試合に勝てる確率が上がるわけでもないけれど、気合を入れて応援をかぶせる、相手を威圧させることで、精神的に救われたいんだろう。
それが心の底から共感できる人間、できない人間双方がいて当たり前。
ただ、二つを分かっているのは思想哲学主義主張という精神的な要素だけで、何かアクションを起こしてチームを勝たせたいという大原則は変わらない。だから、セレサポとガンバサポは、ある部分では理解できないと感じながら、ある部分では共感しなくてはいけない。というか、しておく必要がある。
大阪はやはり未だにサッカー未開の地という現状を脱出できないでいる。前述の堀内チキンライスさんは寺田町や天王寺、美章園から歩いていけるお店なのに、ダービーの存在も、どこで試合をするのかも知らなかった。ガンバサポと二人で「3万人、4万人来るんですよ!」「すごく熱いんですよ!」って言ったけれど、ショックだった。
別にスポーツに興味がないわけではなくて、接点が少ない、露出が少ないってだけ。阪神タイガースという重石を頭に乗せたまま活動していても、そうなるわなと。
なら、ダービーではある部分でいがみ合いつつ、ある部分では共闘し、大阪のサッカー、関西のサッカーの熱さをドンドンと発信しなければいけない。京都でも神戸でも同じこと。
お客さんが呼べるすごい試合をし続けること、胸をはって「長居に」「万博に」「ホムスタに」「西京極に」と言えるようになること、それは大事なことだ。
昨日のように頑張り続ければ、世界を変えられると信じる。そうして「4万人では手狭だ!!」という未来を作ろう。
試合前、ガンバサポの友人と堀内チキンライスでメシを食っていた。気をきかせてくれてチャーシューライスじゃなくてチキンライスを食べてくれて、ああ気をつけてもらって悪いなと思いながら。
ガンバサポにすると、セレサポがもっとガッツリ攻めてきてくれたらな、という思いが強いらしい。熱く応援したいなら、オレタチのスタイルだろ!?ということで。
ただ、セレサポにはセレサポのスタンスがあって、それがあるからガンバの思想、哲学みたいなのについていかないぞ、という気持ちがある。
例えば仮にセレッソというクラブが無かったら、そういう「サッカー好きだけれどガンバのサポーターは…」って人の受け皿はないし、ガンバがなければ「セレサポあかん」って人はよりどころがなくなっているわけで、この2つのクラブが共に競うからこそ、大阪のサッカー好きの多くは救済されているのだと思う。
端的なのは、試合前の電車ジャックとか、行進。何の迷いもなくアレができるのはいい意味でも違う意味でもスゴイなと感じる。個人的にアレは「聖者の行進」と呼んでいる。
アレをしたからと言って試合に勝てる確率が上がるわけでもないけれど、気合を入れて応援をかぶせる、相手を威圧させることで、精神的に救われたいんだろう。
それが心の底から共感できる人間、できない人間双方がいて当たり前。
ただ、二つを分かっているのは思想哲学主義主張という精神的な要素だけで、何かアクションを起こしてチームを勝たせたいという大原則は変わらない。だから、セレサポとガンバサポは、ある部分では理解できないと感じながら、ある部分では共感しなくてはいけない。というか、しておく必要がある。
大阪はやはり未だにサッカー未開の地という現状を脱出できないでいる。前述の堀内チキンライスさんは寺田町や天王寺、美章園から歩いていけるお店なのに、ダービーの存在も、どこで試合をするのかも知らなかった。ガンバサポと二人で「3万人、4万人来るんですよ!」「すごく熱いんですよ!」って言ったけれど、ショックだった。
別にスポーツに興味がないわけではなくて、接点が少ない、露出が少ないってだけ。阪神タイガースという重石を頭に乗せたまま活動していても、そうなるわなと。
なら、ダービーではある部分でいがみ合いつつ、ある部分では共闘し、大阪のサッカー、関西のサッカーの熱さをドンドンと発信しなければいけない。京都でも神戸でも同じこと。
お客さんが呼べるすごい試合をし続けること、胸をはって「長居に」「万博に」「ホムスタに」「西京極に」と言えるようになること、それは大事なことだ。
昨日のように頑張り続ければ、世界を変えられると信じる。そうして「4万人では手狭だ!!」という未来を作ろう。
Sat 13 Aug 2011
Fri 12 Aug 2011
ピッチの外のダービー。
明日はダービーか、ダービーですよ。同じ街(厳密には違うけれど)に2チーム以上チームが無ければ、味わえないこの感覚。大阪に生まれ、セレッソを愛していてよかったと思える一日が、ダービーなんだと理解している。
ピッチの上での勝負は、レヴィーとチームに任せる。オレタチにはオレタチのダービーがあるからね。
それは応援であったり。
球団、スタジアムのホスト能力であったり。
スタグルメだったり、グッズであったり、そういうところでのダービー。いかにファンが、サポーターが、スタジアムで熱くなれるか、楽しめるか。一見さんでも古参でも、老若男女が「スタジアムに来てサッカー観るのが楽しい」と感じられる環境を皆で作れているか、その競い合い。
勝負の付き難いものではあるけれど、これが充実していないと、観客が増えることはない。万博にとられるなんてシャクじゃないか!甲子園や京セラドーム大阪にとられるなんてもっての外だ!!
企業としての規模は、松下にはかなわない。ならチームを強くする手段は、たくさんのお客さんに来てもらって、たくさんお金を使ってもらって、楽しんでもらって、また来たいと感じさせなくちゃいけない。5万人入るスタジアムがあるのだから、しばらくはどれほど努力しても頭打ちなんてこともない。なら、努力しよう。
明日スタジアムが桜色でいっぱいになるように、ガンバサポーターが「セレッソやるやんけ」と思ってしまうように、オレタチのダービーを頑張っていこう。
オレタチの夢のせて行け行けよ大阪、ただゴールだけを狙って、駆け抜けろ!!
ピッチの上での勝負は、レヴィーとチームに任せる。オレタチにはオレタチのダービーがあるからね。
それは応援であったり。
球団、スタジアムのホスト能力であったり。
スタグルメだったり、グッズであったり、そういうところでのダービー。いかにファンが、サポーターが、スタジアムで熱くなれるか、楽しめるか。一見さんでも古参でも、老若男女が「スタジアムに来てサッカー観るのが楽しい」と感じられる環境を皆で作れているか、その競い合い。
勝負の付き難いものではあるけれど、これが充実していないと、観客が増えることはない。万博にとられるなんてシャクじゃないか!甲子園や京セラドーム大阪にとられるなんてもっての外だ!!
企業としての規模は、松下にはかなわない。ならチームを強くする手段は、たくさんのお客さんに来てもらって、たくさんお金を使ってもらって、楽しんでもらって、また来たいと感じさせなくちゃいけない。5万人入るスタジアムがあるのだから、しばらくはどれほど努力しても頭打ちなんてこともない。なら、努力しよう。
明日スタジアムが桜色でいっぱいになるように、ガンバサポーターが「セレッソやるやんけ」と思ってしまうように、オレタチのダービーを頑張っていこう。
オレタチの夢のせて行け行けよ大阪、ただゴールだけを狙って、駆け抜けろ!!
Thu 11 Aug 2011
歴史に名を残せ! 〜ダービーで区切りのゴールを!〜
お隣さんのとある「記録」、確実にカウントダウンが進んでいる。
それは「リーグ通算1000失点」。今期19試合で35失点(1試合あたり1.84失点)と確実に歩を進めている。前節福岡戦では今季初完封(!)をしたものの、この時点で通算998失点、ダービーで2点とれれは大台到達だ。
破壊力はあいかわらずのガンバであるから、ACLラウンド16のような、ACLラウンド16のような、完封は、正直厳しいと思う。勝つためにはやはり2点ほしい。
なら、とってやろうではないか!歴史に名前を刻んでやろうではないか!!
他のチームもおよそ空気を読めないが、セレッソのお馬鹿加減も大概だ。水戸の400得点目は当時在籍していた現山形の前田の見事なオウンゴール、スカパーのアナウンサーと解説が戸惑っていたのを思い出す。
不名誉なコトでは今まで散々記録を作ってきたので(1-9とか5-7とか…)そろそろいい記録の方にも名前を残したい。
そのためには、ゴール、ゴールだよ。
オウンゴールは避けたい、きっちりゴールで。
キヨ、倉田、小松、ボギョン、マルチネス、丸橋、中後…、永井もいいね、播戸もアリだ、杉本かも知れないな、まさかファビオ・ロペス?さあ、誰がメモリアルゴールを決めようか。長居で勝てて、メモリアルゴールを決めれば、文句なしだよね。贅沢か?アリでしょう!!
それは「リーグ通算1000失点」。今期19試合で35失点(1試合あたり1.84失点)と確実に歩を進めている。前節福岡戦では今季初完封(!)をしたものの、この時点で通算998失点、ダービーで2点とれれは大台到達だ。
破壊力はあいかわらずのガンバであるから、ACLラウンド16のような、ACLラウンド16のような、完封は、正直厳しいと思う。勝つためにはやはり2点ほしい。
なら、とってやろうではないか!歴史に名前を刻んでやろうではないか!!
他のチームもおよそ空気を読めないが、セレッソのお馬鹿加減も大概だ。水戸の400得点目は当時在籍していた現山形の前田の見事なオウンゴール、スカパーのアナウンサーと解説が戸惑っていたのを思い出す。
不名誉なコトでは今まで散々記録を作ってきたので(1-9とか5-7とか…)そろそろいい記録の方にも名前を残したい。
そのためには、ゴール、ゴールだよ。
オウンゴールは避けたい、きっちりゴールで。
キヨ、倉田、小松、ボギョン、マルチネス、丸橋、中後…、永井もいいね、播戸もアリだ、杉本かも知れないな、まさかファビオ・ロペス?さあ、誰がメモリアルゴールを決めようか。長居で勝てて、メモリアルゴールを決めれば、文句なしだよね。贅沢か?アリでしょう!!
Mon 08 Aug 2011
我が友よ、我が息子よ。
ピンパォンが大宮に戻ってきやがって、その上即先発で、さらにゴールまであげやがった!!
それがすぐ「ウチの選手見る目がない!」ってことには、ならないんだけどね。セレッソのサッカーはかなり特殊で、前の4人(1トップ3シャドー)なんて求められることが普通のFWやMFのそれだけではないから。
さらに言えば、ウチにはピンパォンにまわりを生かすプレーを求めていたけれど、まわりに対してピンパォンを生かすプレーを求めていなかったから、それは厳しかったと思う。
だからこの活躍は、ああ、ようやく自分が生きる職場を見つけたんだ、という感じで、少し嬉しかったりする。
いるだけでキツイ職場とか、いくらいたってその人の糧にはならないからね。雇った方も雇われた方も不幸だからね。制作で入ったのに知らん間に営業利益求められたり…。おっとっと。
乾は、ボーフムでどんな仕事をするんだろう?大抵の事はできると信じているけれど、心配ではない、なんて言えない。言葉の壁、文化の壁、やっているサッカーの違い…。人間関係もあるだろうし、少し結果が出なくなって、サポに突き上げられたりしないかとか、そんなことがないように。
セレッソは今残留争いしていて、とてもよそのことを考えている暇なんて無いけれど、それでも二人のことは、ずと考えていくんじゃないかな。一度は、ともに戦ってくれた、愛すべき友、愛すべき息子なんだから。
別に頑張らなくてもいい、大宮の、ボーフムの水に慣れてくれるだけで違うはずだから。そうなったら、まず一歩目はクリアだよ。
それがすぐ「ウチの選手見る目がない!」ってことには、ならないんだけどね。セレッソのサッカーはかなり特殊で、前の4人(1トップ3シャドー)なんて求められることが普通のFWやMFのそれだけではないから。
さらに言えば、ウチにはピンパォンにまわりを生かすプレーを求めていたけれど、まわりに対してピンパォンを生かすプレーを求めていなかったから、それは厳しかったと思う。
だからこの活躍は、ああ、ようやく自分が生きる職場を見つけたんだ、という感じで、少し嬉しかったりする。
いるだけでキツイ職場とか、いくらいたってその人の糧にはならないからね。雇った方も雇われた方も不幸だからね。制作で入ったのに知らん間に営業利益求められたり…。おっとっと。
乾は、ボーフムでどんな仕事をするんだろう?大抵の事はできると信じているけれど、心配ではない、なんて言えない。言葉の壁、文化の壁、やっているサッカーの違い…。人間関係もあるだろうし、少し結果が出なくなって、サポに突き上げられたりしないかとか、そんなことがないように。
セレッソは今残留争いしていて、とてもよそのことを考えている暇なんて無いけれど、それでも二人のことは、ずと考えていくんじゃないかな。一度は、ともに戦ってくれた、愛すべき友、愛すべき息子なんだから。
別に頑張らなくてもいい、大宮の、ボーフムの水に慣れてくれるだけで違うはずだから。そうなったら、まず一歩目はクリアだよ。




