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04/11/10

冷静と情熱のあいだ -レヴィーの人心掌握術-

しょっぱなから失礼な話であるけれど、セレサポであればレヴィー・クルピが策士でも戦略家でも知将でもないことはわかっていただけると思う。

ではレヴィーの監督としてのストロングポイントは何か?私個人の感想ではあるが、それは「父性」だと思っている。


レヴィーは常々チームを「ファミリー」と呼んでいる。練習やオフのひと時などでは穏やかでコミカルな表情を見せる一方で、試合ではモチベーションが下がり交代を申し出た香川をそのままピッチに残らせたり、精神的に熱くなりすぎた乾に対して懲罰的な交代を行うなど厳しい一面もある。もし監督として「だけ」職務を果たすのであれば、これらの行為は全て必要が無い。(乾の交代には退場のリスクを回避する意味があったかも知れないが)しかしレヴィー・クルピはこうした姿勢をずっと崩していない。

今のセレッソのサッカーは悪く言えば個人技頼みのサッカー、控えめに言っても選手の力量、コンディションに大きく左右されるサッカーだ。このサッカーで勝ち点を奪うためには選手のフィジカルだけではなく、メンタルな部分も整える必要がある。レヴィー・クルピはこの作業に腐心しているように感じてならない。

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Twitterでもつぶやいたのだが、昨日の横浜FM戦でこんなシーンがあった。マルチネスの退場や不可解な笛に業を煮やしたレヴィーが試合終了直後、制止する白沢通訳を振りほどき、コーチングエリアから飛び出して主審佐藤隆治氏にくってかかったのだ。顔を真っ赤にさせ、さながら赤鬼といった風情。

しかししばらく後、スカパーのインタビューに現れたレヴィーの表情は驚くほど柔和だった。先の一件などまるで無かったかのように弁舌も滑らか、10人になっても勝ち点を奪えたことに満足している様子だった。

もし本当に激情にかられたのなら、試合終了直後ではなく試合中にコーチングエリアを飛び出すか線審に異議を申し立てるはずだし、誤審であると確信しているなら試合後に証拠を揃えて抗議の一文を用意すればいい、だがレヴィーは試合が決してから審判に食って掛かった。あれは選手に向けての意思表示ではなかったかと思っている。自分の大切な「ファミリー」に対して不当なジャッジをしたことに、私もこれほど腹をたてているんだ。そういうメッセージを伝えたかったのではと。それ程の愛情を感じて悪い気はしないだろう。そういう効果を狙っていたのではないか。


父親は別段何も感情の機微が無くても、自分の子供に対してキチンと叱らなければいけない時や、自分の子供を守るために自ら前に立つ時がある。そうしたポーズをしっかりと示す事で「ファミリー」がどうあるべきか考えているということを示すのだ。サッカーの世界で、全ての監督がそうあるべきなのかは判らない。ただ結果だけを見る限り、少なくとも今のセレッソの体質にはあっているかもと感じている。


posted by 西中島南方 at 12:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | セレッソ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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