よく聞く言葉です。でもそれって本当かなぁって思っていました。自分をこれだけ苦しめているのだから、相手が苦しいわけなんて無いんじゃないの?って感じでした。
随分と子供の頃から半信半疑だったわけですが、今回セレッソとレイソルが残留をかけ、考え方によっては優勝争いよりずっとシビアな争いをしている中で、レイソルサポーターの方々のブログを見るにつけ、この言葉が真実である事をようやっと知ることが出来ました。
「やっぱり相手だって苦しいんだ」
記事はどれも悲しみや、怒りや、絶望をこれでもかと詰め込んだようなものばかり。あと一つ勝てば残留が決まるという圧倒的優位な立場にいるにもかかわらず、皆が追走するセレッソの影に怯えていました。前節で勝ち点差が5から4に変わった事も、よく考えればさしたる差異ではないのに、まるでもう逆転されてしまったかと思うほどの反応でした。
まだ単なる順位争いで有るならば、両サポーターともにこんなに胃を痛め、悲痛な面持ちでスタジアムに来る事も無い筈です。娯楽なのだと割り切れば、J1だろうがJ2だろうが別にかまわない、なんて極論だって言えるはず。
でも、本当にチームの事が好きだから、他の誰よりも愛しているはずという想いが有るから、辛いのですよね。記事に綴られた言葉の端々に、愛情と情熱か滲んでいました。
本当なら、もっと楽しくサッカー観戦したいですよね。ぶっちゃけた話私自身レイソルが心底憎いなんて思った事は一度も有りません。出来るなら両チームとも残留して、また来年も闘いたいです。でもひょっとしたら、それも無理かもしれないのですね。
入れ替え戦に勝てば良いのですけれど、セレッソもレイソルも絶対に勝つなんて思えないから、どうしてもリーグ戦のうちに残留を決めてしまいたい。でもその席は1つしかなくて、勝者と敗者を決めなくてはいけない。本当に厳しいです(これでも今年は自動降格が無い分楽だというのですから、恐ろしい事です)
遅くとも28日には、どちらが入れ替え戦回るのかが決まります。両チームのサポーターにとって、もっとも長くて辛い一週間が始まりました。
レイソルサポが悲壮感に満ちているのは、中断明けだの、相手が“格下”(ボールがどちらに転がるか分からないサッカーでこの言葉を使うのは嫌なのですが)だの、これを勝てば決まり…だのという、傍目には全てを賭けた大一番や、強豪との望みの持ちづらい一戦よりも楽そうなカードに限って、選手の気持ちも緩んで結果が出ない(それは先日の天皇杯4回戦を思い起こしていただければよく分かるかと)のが定例化しているからです。結果としての黒星もそうですが、そういうシチュエーションで迎えた試合は、大抵、選手の動きが重いのです…。
入れ替え戦の結果を含め、最後にはどこかがJ2、それ以外はJ1という足跡が残ります。でも、現時点で決まっているのはそれだけ(つまり、入れ替え戦のシステムだけ)で、それ以外の要素は何も分からないのです。悲観も楽観も今の段階では、何一つ物を動かすことはできません。
個人的には…サッカー(特に勝敗)に関しては、他の物事よりは比較的ポジティブに見られるんですよ、私。日常生活は抗鬱剤+精神安定剤+入眠剤のトリプルコンボで、どうにか人間としての文化レベル(これも気に入らない言い方ですが、いい言葉が見つからないので)をキープしています。ですから、サイトのその件についてのページは、拝読して胸に染みました。病気のお陰で、面接のたびに唖然とされる職務経歴書しか作れない人生を送っているので…。
大好きな永田さんのゴールは、何度も替えまくっている精神安定剤よりも、はるかに心のエネルギーレベルを高めてくれるのも知ってます。楽しく見るのが難しい状況であっても、やっぱり、その試合…1つ1つの試合はまっさらな状態から始まって90分行われるのですから、過去に囚われず、刹那刹那をドキドキを含めて少しでも楽しみたいな、と思ってます。
長文失礼いたしました。