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Wed 12 Oct 2011

第91回天皇杯 2回戦 C大阪6VS0北海道教育大学岩見沢校 失うものが、あるのが普通。

24分 オウンゴール(C大阪)
30分 ファビオ・ロペス(C大阪)
71分 杉本 健勇(C大阪)
78分 ファビオ・ロペス(C大阪)
81分 小松 塁(C大阪)
86分 大竹 洋平(C大阪)



諸用でテレビ観戦。テレビを観られただけでも有難い状況で、本当に幸運だった。

試合を観た人からすれば、何を手間取っているんだって感じだろうけれど、失うものがない相手と、次の試合も、シーズンも、生活もかかっている自分が戦った時に、ああいう受けて立つような感じになってしまうのは仕方ないのかなとも思う。スコアをきっちり残せてよかったとも。


セレッソの選手は、土曜日の昼には甲府とのリーグ戦がある。チームは満身創痍で、マルチネスも完全復活とは言えず、清武、上本も微妙で、キム・ボギョンにいたってはまだ多分ソウルの病院のベットの上だ。

その中でこの試合、足がつるまで、体がボロボロになるまでファイトしろとは、言えない。


北海道教育大学岩見沢校の、失敗を恐れない溌剌としたプレーは、それは素晴らしいと褒めなければいけない。辛い日程の中で、遠く北海道から遠征して、なおあれだけの試合ができる、いいチームだなと思う。FWの内田など顔面が青白くなり、脚が動かなくなるまで走りまわった、すごい選手だ。


ただ、プロは、これで生活をしている。いい意味でも悪い意味でも失うものがある緊張感と隣り合わせでいる。だから受け身になる時がある。批判されることもあるだろう、でも自分が同じ立場になった時、はたして何もかもかなぐり捨てて動き回れるのか自信がない。

村田や杉本のように実績がまだ残せていない選手は、結果が欲しかったろう。けれど、チームの意思統一がとても大事なサッカーという試合で、自分一人で何かできる時と、そうでない時があるので、どうとも。

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結果が大事、内容が大事、それは人それぞれ。現実として、天皇杯3回戦に進むことができて、マルチネスの試運転ができた。個人的には、満足しているよ。土曜日の甲府戦、全力でいこう。
posted by 西中島南方 at 22:27 | Comment(0) | TrackBack(0) | セレッソ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

Tue 11 Oct 2011

長居がホームですから。

シンジにとって、長居のピッチというのは日本の数あるスタジアムの中でも特別なもの。どこよりも一番たくさん走った芝の上なんだから、躍動できないほうがおかしいんよ。

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長居で結果出せなければ、風邪ひいてるか盲腸か、あとは恋の病くらいじゃない?

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2014FIFAワールドカップブラジル アジア3次予選 GroupC

日本 8 - 0 タジキスタンタジキスタン
11’ ハーフナー・マイク
19’ 岡崎 慎司
35’ 駒野 友一
41’ 香川 真司
47’ ハーフナー・マイク
56’ 中村 憲剛
68’ 香川 真司
74’ 岡崎 慎司
posted by 西中島南方 at 23:41 | Comment(0) | TrackBack(0) | 代表 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

Mon 10 Oct 2011

AF-S NIKKOR 50mm f/1.8G

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ちょっと前にAF-S DX NIKKOR 35mm f/1.8Gを買ったけれど、こいつは家内がもっぱらに使う単焦点ということになった。

もう一つD7000の要求する解像度を満たす明るい単焦点を探していた所でAF-S NIKKOR 50mm f/1.8Gがよかろうということになった。

候補としては他にAF-S NIKKOR 50mm f/1.4Gやシグマの50mm F1.4 EX DG HSMがあったんだけれど、AF-S NIKKOR 50mm f/1.4Gは以前試写でも感じた野暮ったさがどうにも好きになれなかった。シグマのレンズは評価が高いので迷ったが、何分デカい。単焦点を選ぶ時は「気軽さ」も大事な要素だと感じているので、500gを超えるズームレンズ並のデカさはやはりためらう。ということで軽くて、少し絞っただけで十分に実用できるAF-S NIKKOR 50mm f/1.8Gがよかろうということになった。フルサイズにも使えるし、純正だし、安いし、まあ買って損はないだろうという感じで。

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何日かD7000につけているけれど、とてもよい。特に屋外では50mm(35mm換算で75mm)という焦点域はよく使うゾーンなので、ズームレンズ(17-50mm F2.8 EX DC OS HSM)をつけている時と感覚的には殆ど変わらない。少しためらうのは広角で撮りたい時や、室内で対象に寄りたい時くらいで、フットワークさえ気をつけていれば、軽さ、明るさというアドバンテージの方がはるかに大きい。

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試合の時のスタジアムなどは、やはりズームレンズの方が使い勝手はいいので引き続き大事に使っていこうと思う。カメラを持って気軽に出かけようという時、しっかりと対象をとらえたい時は、このレンズがいい。

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多分75mmという焦点域は、他の人からすると長いと思う。俺は被写体にのめり込んでいく感じで撮るので(特に料理とか、好きな人はね)このゾーンでこれだけいいレンズがあるのはありがたい。ただそうなるとフルサイズだ!という時には85mmの1.4なんてえげつないレンズを買うかも知れない、それはキツイな、デカイし高いし…。

こういう悩みを感じられるのは、精神状態が安定してきた証拠。無理しない無理しない。
posted by 西中島南方 at 15:05 | Comment(0) | TrackBack(0) | 写真・カメラ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

Sat 08 Oct 2011

殺されるために生きている。

木曜日あたりから眠り方を忘れた。


金曜日あたりから自分で自分が何を考えているのかよくわからなくなった。
体重も1週間で1.5キロくらい減った。


なので今日病院で診てもらった。どうやら腹が立っているらしい。だからイライラして眠れなかったんだ。

食事は、最近のそれは食事と言うより栄養摂取で、バランスだけよければどうでもいいやと思ってた。それが食事量を減らしていた原因みたいだ。

好きな人と、美味しく食べてほしいと思って作られた料理を食べるのが食事で、それ以外はエサみたいなもんだから、あまり食べていても楽しくない。楽しくないことはしたくないので、さっさと済ましていたのがよくないらしい。

それでもエサは食べたくない。生かされているだけ、働かされているだけ、そのためにいやいや義務で作ったエサを食べるのは嫌だ。死んだほうがいい。


あんまりなのでパン屋に行く。よく行っている、天然酵母だとか、フェアトレードの原料を使っているとか、そういうパン屋。

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それは偽善かもしれない、嘘かもしれない、ポーズかもしれない。ただこのパン屋のまわりにある小麦の香ばしい匂いと。バターの温かい香りは、間違いなくホンモノで、食べた時に少しだけ幸せを感じるのも、本当のことで、だからエサではないパンをたらふく買った。


その後に、件の医者の所でこのごろの理不尽をぶちまけてきた。自分で言ってて泣きたくなった。

なんでこんなことになったんだろう。誰かの無理が通って、誰かの道理が通らない。助けて欲しいと手を伸ばしても、誰の袖にもひっかからない。やっとつかんだのは訳のわからない話ばかりで、話を聞いていてもヘドが出る。で、そういう奴に限って偉いんだよな。足元にどれだけの死体があるんだろう?俺もその死体の一つになるのかな。ははは。



毒を抜いて、パンと、少しの幸せを腹の中に入れた。平静になるまで少し休む。

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posted by 西中島南方 at 12:09 | Comment(0) | TrackBack(0) | 精神疾病、健康 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

Fri 07 Oct 2011

冬があるから。

CEREZO OFFICIAL

【11/10/06】浦和戦での扇原選手によるペットボトルの投げ返し行為について

2011年10月5日(水)Jリーグヤマザキナビスコカップ準々決勝(セレッソ大阪vs浦和レッズ)におきまして、幣クラブ所属の扇原貴宏選手が、観客スタンドから投げ込まれたペットボトルを投げ返すという行為をしました。このような行為は絶対にあってはならないことであり、ファン、サポーターをはじめ、皆様に深くお詫び申し上げます。幣クラブではこの件を真摯に受け止め、同選手に厳重注意をするとともに下記の処分を下すこととしましたので、経緯とあわせてご報告いたします。また、今後は二度とこのような行為をしないよう、選手・スタッフへの指導を徹底してまいります。(後略)


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処分が重いのか軽いのか、それは人それぞれの受け止め方があるから、一概には言えない。ただ、最初にペットボトルを投げ込んだ人間も、それを投げ返してしまった扇原も、罰を受けなければいけなかったのは事実。それをできるところからでもと、速やかに行えたセレッソの姿勢は、僅かながら救いになった。後は最初に投げ込んだ人間についてだけれど、できれば自ら名乗り出て欲しい。



「お客様は神様です」

昔歌うたいが言った言葉だ。

自分のしていることにお金を払ってくれる。仕事をいただける存在は、それだけ尊いということ、それはわかる。

ただお金を払っているからといって、それがイコール「お金を払った相手には何をしてもよい」ということでは、決して無い。無理をねじ込んだり、ルールを守らなかったり、まして物を投げつけたりというのは、論外だ。自分が神様ならば、神様のように振舞わなければ。



今は本当に辛い。チーム状態も、それを取り巻く環境も、ここ数年無いほどに酷い。

それでももし、もしもこれを乗り越えられたら、セレッソは今よりももっといいチームになれると信じる。俺は自分をサポーターだと思っているから、絶対に良くしてみせるという気持ちだけは持っているよ。

俺以外にも、自分こそがサポーターだという人がいたら、皆でセレッソを支えていこう。この北風に桜の木が倒れないように。そうして春になったら、その木の下で、また笑い合って、喜び合って過ごそう。あの時があるから今があると振り返られる、そういう未来があるように。

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posted by 西中島南方 at 00:36 | Comment(2) | TrackBack(0) | セレッソ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

Wed 05 Oct 2011

きずな。

キンチョウスタジアムのスタンドには、柵もネットも無い。シュート練習の時に臨時でかけられるネットは、選手の枠外シュートからゴール裏のサポーターを守るためで、暴徒から選手を守るためではない。

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「私は、チームはサポーターを信じていますから」

内覧会の時に、柵を設けなかった理由を、宮本さんは胸をはって言い切ってくれた。それは半分はリップサービスだったかもしれない、けれど、嬉しかった、セレッソというチームのサポーターでよかったと。


今日の試合、セレッソの頑張っている様子を一目でも見たかったけれど、仕事の山を切り崩すので精一杯。どうか勝ってくれ、週末に試合を観させてくれと祈っていたものの、かなわなかった。

それは、もちろん残念。ただ、それ以上に、チームとサポーターの間に溝ができてしまった、それが悔しくて悲しくて仕方がない。負けは取り返せばいい、今年も後半だけれど、試合はまだまだ残っている。でも、一度できた溝は、なかなか埋まるものではない。


何かを投げつけたという人は、自分をサポーターだと思っていただろうか?サポーターなら、チームが勝つために何ができるかを考え、それだけをするはず。選手に感情的に接する、それがチームを強くする方法だと考えたんだろうか。それがよくわからない。

辛いことではあるけれど、当該の方は、自ら前に出て、謝罪してほしい。あの非常識なダンマクを出した全北サポーターでさえ、名乗り出て、罰を受け、ライバル心があるはずの日本に向けて頭を垂れた。サポーターとしての誇りを持っているのなら、最後のプライドまで捨てないでほしいと願う。

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レヴィーは常々、チームをファミリアと、家族と言って愛してくれている。縁もゆかりもなかったはずの日本人一人ひとりを大事に思ってくれている。チームスタッフの方達も、みなサポーターを我が友、我が家族のように考えてくれている。

サポーターであるなら、自らをサポーターと言うのであれば、選手達が苦しんでいる辛い今こそ、その力を見せるべきだ。注いでくれた愛情に報いるべきだ。内輪で傷つけあって何が生まれる?怪我で苦しむ我が子に手を上げるようなものと気付け。そうしてまた、同じ方を向いて戦うんだ。それが、家族というものだ。
posted by 西中島南方 at 23:52 | Comment(3) | TrackBack(0) | セレッソ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

真夜中は僕のもの。

仕事で帰りが遅くなった。これからもずっと、とびきり深夜に帰宅することが続くだろう。明日のナビスコカップも絶望的だ。幸いに土日は休めるようなので、セレッソにはぜひとも勝ってもらって、10/9の試合を観たい。そうなると確信している。


夜中に冷たくなった風を頬に受けながら自転車をこぐ。大阪でも夜の11時くらいになると車の量はめっきり少なくなって、喧騒も無くなってしまう。

それでも街灯のようにぽつりぽつりと飲み屋の明かりがついていて、まだ家に帰るのが寂しいと感じる人達が、終電を諦めたかゆっくりとお酒を楽しんでいる。こういう様子を見ていると自分が下戸なのを少し寂しく感じる。

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夜は、光のコントラストが強くて、黒つぶれや白飛びしやすいけれど、それはそれで雰囲気のいい、特別な写真が撮れる。D7000に明るい単焦点をつけていれば、それ程困ることはない。等倍にでもしない限りアラは出ないから、昼間とあまり変わらない感覚でスナップが撮れる。

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ひまわりは太陽を向いて咲くというれど、この夜に咲いた花は、じっと暗がりを見つめていた。随分とセンチメンタルなやつだ。

これから毎日「夜のスナップ」を撮りだめていこう。それはそれで何かの記録になるだろうし。
posted by 西中島南方 at 00:42 | Comment(0) | TrackBack(0) | 写真・カメラ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

Tue 04 Oct 2011

極々簡単なポートレートの撮り方。

どうも、甥っ子と娘の運動会撮影を2日続けてやったせいでフラフラになっている西中島です。

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顔が死んでいるな!ヤバイな!


実際二人あわせてRAW撮りで16ギガくらい撮りました。えげつないデータ量ですが、出来る限り思い出を残しておきたいという気持ちがあったので。

それでも体育嫌いの娘のいい顔を撮るのは至難の業、というか、無理。嫌なことやってる人の顔は、やっぱり嫌だなって気持ちが前面に出てしまうんで、厳しい。

「西中島さんスタジアム以外では死んだ魚のようだよ」

と言われるのも、そのせいでして…。


娘のいい顔を撮るのなら、画材屋さんに連れていけばいいというのは知ってるんですがね。目の輝きが違っていて、全身から楽しいって気持ちが飛び出してくるような、スゴイ写真が簡単に撮れてしまう。


もし貴方が誰かのポートレートを撮りたいと思うのなら、そういうことです、その人が一番楽しいと思う場所に連れて行くとかすればいいのです。相手をよく見て、コミュニケーションとって、いきいきとする空間を作ってあげれば、嫌でもその人の魅力が出てくる。後はシャッター押すだけ。

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西中島のいきいきした顔が撮りたいというならば、気の合う仲間と、おいしいご飯があればいいです。セレッソが勝った時はおかしくなりすぎているので、食事だな。お月見をしながらシンガポールチキンライスが食べられれば他に何がいるでしょう?偉い人にはそれがわからんのですよ。

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サッカーでも、調子の悪いプレーヤーはどこかおとなしい感じになって、よくない。調子のいい時、得意なプレーをしている時の選手は撮っていても楽しい。だから勝った試合の写真は勝手に多くなるし、負け試合の時は少なくなる。よくないんだけれど、無いものは撮れないし、悪いものばかり撮ってもね。


もしポートレート撮って!って人がいたら声かけて下さい。頑張らせていただきます!
posted by 西中島南方 at 00:08 | Comment(0) | TrackBack(0) | 写真・カメラ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

Sun 02 Oct 2011

2011 J1 第28節 仙台2VS1C大阪 スコア以上の敗戦。

前半21分 渡辺 広大(仙台)
前半40分 菅井 直樹(仙台)
後半42分 小松 塁(PK)(C大阪)



スコアは穏やかなものだが、重症だ。セレッソらしさがベガルタゴールドに塗り上げられてしまった。細かなパス回し、鮮やかなドリブルはなりを潜め、中盤でのイニシアチブを奪えたのは後半のラスト5分だけ。完敗といっていい。


先発は野戦病院と化した今の状態を象徴している。自慢の3シャドーの一角に、全くタイプの違う山口螢。上本はベンチにも入っていないし、清武も当然ながらベンチ外。キム・ボギョンはまだソウルの病院のベッドの上だ。左サイドのスターターは久しぶりに丸橋、扇原は切ったまぶたにテーピングをして登場した。

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これだけメンツが変わればチーム全体のバランスを保つので精一杯。播戸までボールを運ぶはずの3シャドーが全くからまない。最終ラインと前線が水と油のように乖離していて、全体がコンパクトだった仙台とは対照的だった。

結果論になるけれど、ドリブルとパス、運動量が絶対条件の3シャドーに山口を入れたのは失敗だった。それは山口個人の問題でもあるし、彼をこの位置で起用したレヴィーの問題でもある。そんなに縦横に動くわけではない山口と、緩急をつけてボールを繋ごうとする倉田、ファビオ・ロペスの意識に差があった。仙台の2ラインも非常にタイトで、前半攻撃として見応えのあるシーンは全くなかった。ただの一度もだ。

対する仙台は見ていてもコンセプトがよくわかって、選手の意思統一がうまくいっていたように映る。流れの中のシュートでは危ないシーンは殆ど無かったけれど、ゴール近くでファウルをすればリャン・ヨンギがいる。チャレンジして余程酷い奪われ方をしなければ大丈夫という自信が後押ししていたか、前半はスムーズな動きを見せていた。


2失点に関しては、セレッソが今のセレッソであるかぎり議論され続けるだろう形。セットプレー、ゾーンで守っているからには、自分のテリトリーに入ってくる選手をキチンと見ておかなければこうなる。高さのある選手といいキッカーのいるチームに対しては特にそうだ。仙台には両方あるのだからなおさら注意しないと。1点だけならまだ我慢できるけれど、2度やられるとさすがに厳しい。歯噛みしたくなるような前半だった。


後半は頭から2枚同時投入。孤立していた播戸と機能しなかった山口に代えて小松と大竹。この二人の存在がセレッソにとっては福音だったかもしれない。特に大竹は、この試合で唯一及第点のプレー、戦う姿勢を見せてくれた。

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大竹が入ったことで、セレッソは前半よりもいい動きができるようになった。大竹、酒本の二人でポイントが作れる。左半身は倉田一人が孤軍奮闘しているだけで苦しい状態だったけれど、全体がダメだった前半に比べれば遥かにいい流れだった。

それでもチームのクオリティは今季最低と言っていいもので、枠内はおろか、シュートそのものもほとんど撃てていない。対する仙台は堅守速攻という自分のペースに持ち込めたので、非常にやりやすかったろう。シャドーに入る前にボールにプレッシャーをかければいい形が作れない、これはACLの全北と同じだか、ラフプレーで潰した全北よりもずっとスマートに、組織的に守られてしまった。


これに輪をかけたのはファビオ・ロペスの交代。杉本は前線の選手で、セレッソはそこにボールが入らなかった。なのにボールを運ぶ選手を下げて、ボールを受ける選手を入れなければいけなかった。それでロングボールならまだ話はわかるが、それまでと同じサッカーをしたのだから、チームは機能しない。

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後半24分


セレッソは大勝するかと思えばこういう試合もしょっちゅうやらかす、それは攻撃のバラエティの少なさに一因がある。

3シャドーはもうセレッソの代名詞のようになっていて、はまればとんでもない破壊力を見せる。ホーム清水戦、ホーム、アウェーの広島戦、ホーム柏戦、最近のホーム山形戦のように、いくらでも点が入る予感がする。

その一方で、一度それが封じられれば次の手が打てずに手詰まりになる。ホームの大宮戦やアウェーの神戸戦のようにピッチコンディションで機能不全になることもあるし、アウェーの横浜FM戦や前回のACL、この試合のように上手く勘所を止められて動きが封じられることもある。総得点、得失点差で素晴らしい数字を出しているのにもかかわらず、順位が伴わないのはそのせいだ。今日は最悪の出目だった。


小松が頑張ってPKを得て、自ら決めたからまだ試合になったけれど、監督とすれば頭の痛い敗戦だろう。ラフプレーを受けたわけでもなく、主軸が欠場することも早い時点でわかっていながら、適切な指揮がとれなかったのだから。

個人的には、この一試合でレヴィーという監督に対する評価は変わらない。限られたチーム事情の中で選手を育て、ベストメンバーとは程遠いメンバーでもそれなりの試合にしてくれる監督は、そういない。何よりチームを愛し、情熱を注いでくれる存在を無碍にできるはずがない。

だからと言って、今日はついていなかったねでこの試合を終わらせるのは反対だ。大勝と不甲斐ない敗戦を繰り返すのでは進歩がない。こういう試合で勝ち点を1つでも積み重ねられるチーム作りが、セレッソを次のステップに押し上げるための課題になるだろう。具体的に言えば、アウェー新潟戦のような試合がもっとあっていい。サポーターとしては胃が痛いけれど、優勝するチーム、いい成績を残すチームは、そういう試合をしたたかに積み重ねていくものだ。

主力メンバーが帰ってきたとしても、この課題をクリアしなければ、チームの順位がよくなるとは思えない。難しい話かもしれないけれど、きっとできるはずと信じる。ナビスコカップ、久しぶり(ではないのだけれど、そう感じてしまうね)のホーム戦で仕切りなおしだ。
posted by 西中島南方 at 18:16 | Comment(1) | TrackBack(0) | 観戦記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

Sat 01 Oct 2011

器用だということは不器用だということ。

「写真がお上手ですね」

と言われることが多くなった。ホントはいいカメラといいレンズを買って写しているだけなんだけれど、そう思われるのは、それはそれでまことに結構なことだ。

なんで写真撮るのがうまくなったのか(正確には、うまくなったと思われるようになったのか)それは俺が普通のコミュニケーションをとれない人間だからだ。

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普通に話をしたり、メールを送ったりして、相手に気持ちを伝えられるなら、その方が楽だし、安上がりだし、その方がいい。

絵を描くとか、歌を歌うとか、写真を撮るとか、詩を書くとか、それに没頭する人は、そういうことでしか人に気持ちを伝えられない、不器用なんだ。だから必死になって、描いたり、歌ったり、撮ったり、書いて、なんとか気持ちを伝えたいんだ。手を抜けば途端に思いを伝える手段がゼロになるのだから、それは死ぬ気で頑張るさ。


うらやましいって人は、多分普通のコミュニケーションができる上に、そういう特技があるのだと思ってる。違うな。俺は、人が出来ることが出来ないでいるから、人が出来ないことをしているんだ。綺麗だよって言えないから、自分が見ている世界を撮るんだ。こんなに綺麗じゃないかって、撮るんだ。


普通に人と話ができたら、俺はもう写真なんかいらない。

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posted by 西中島南方 at 10:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 写真・カメラ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする