イライラしながら携帯を見た。公衆電話からだった。テレビドラマなら誘拐犯からの電話なんだろうけれど、現実に、こんな時間に、公衆電話から私の携帯にかけてくる人間はひとりしかいない。
「おまえかい?」
「…、うん」
「どうしたん?」
「あのな、先生に入院の話ししたらな、そうですね、今月中の退院を考えていますっていうてくれてん、それで電話しようおもうてん」
「そっかぁ…。よかったな」
「今週末の外泊も2泊出来るねんて、それであと何回か外泊したら退院ですよって」
「よかったな…」
「今仕事中?」
「そうや」
「うん、ごめんな、でも電話しようおもて…」
「気にせんでいいよ、電話してくれてありがとうな。うれしいな、長かったもんな」
「うん、うれしいよ」
「ホンマやな…」
「そやな」
そこから先は、あんまり覚えていない。向かいに上司である社長の奥さんがいるのに、私用電話をしながら、涙をボロボロと流している自分。ようやっと何か胸に突っかかっていたものがとれたような、安堵感からくる涙が、電話を切っても止まらない、しばらく経っても止まらない、まあ、何と情けない様子だったろう。でもそんな事はどうでもよかった。
一日の価値は平等で、いい日も悪い日も無い。時間はどんな時でも一秒間に一秒しか進まない。雨は自然現象で、冬の雨が冷たいのは当たり前だ。ついでに仕事に貴賎はない。
それから、どんなに辛い時だって、頑張ればそれなりになるものだ。さあ、退院の日はどうして祝ってやろうか。