夕暮れ時の長居の空は、雲ひとつ無くて、風も穏やかで、不思議なくらい静かだった。
これから始まる死闘のことなどまるで知らない素振りのスタジアムの中で、しかし確かに、その足音が聞こえていた。私はといえば胸は高鳴っているというのに、緊張したからか手足は冷たいし、気持ちは朦朧として、いつもの力がまるで出ない。
それでも試合開始の時間が近づき、ユニフォームを身にまとった選手達の姿を見ると、カッと血がめぐり、意識が集中していくのがわかった。今日は何が何でも勝たなくてはいけない。全身全霊を持ってサポートしなければ、札幌は突き崩せない。だからこの試合の応援は、いつにも増して、全力のその先まで力を出そうと、そう心に決めた。
スタメンはほぼ天皇杯ホンダロック戦と同じ。酒本の位置には濱田、2トップは好調だった森島康と、この試合に照準を合わせてきた古橋。
試合開始から15分程経った頃。これは厳しい戦いになるだろうなという想いにとらわれた。札幌は基本的にリアクションサッカー、相手のミス、ほころびを突き開いて勝つサッカーをするのだけれど、今日は特にその意識が強かった。守備の帰陣は早く、すぐに4-4-2のラインが出来あがる。最低引き分けでもいい札幌と、絶対に勝たなくてはいけないセレッソの、意識の差を十分に加味した戦い方だった。攻撃に厚みが無いのがせめてもの救いだったが、とにかく点をとらなくては話にならない。
ただし、札幌は一つ計算違いをしていた。札幌にとってベストの展開は、中盤、出来ればボランチがボールを保持した時にプレスをかけてそれを奪い、速いカウンターを仕掛けることだった。中盤でのボール回しの際の圧力のかかり具合を見ればそれは明らかだった。しかし今日の中盤、濱田、アレー、ジェルマーノ、香川は、何れも今季最高に近い出来だった。4人のトータルで考えれば一番の出来と言っていい。ボールのキープ力は高く、いい状態で、前を向いてプレーをしているので、悪い形でボールを奪われなかったのだ。
アレーとジェルマーノはよく頑張ったと思う。特にアレーはプレッシャーに負けず、前に前に、丁寧にボールを運んでいた。容易にはボールをロストしないし、最低でもシュートで終わるので、チームへの負担も少ない。
香川はもう別次元といった感じで、2、3人がかりでもするすると間を抜けていってしまう。ある時はゼ・カルロスと左サイドで、またある時は濱田と右サイドで、相手が嫌がるプレーをコンスタントにし続けていた。
先制点、そして今日唯一の得点シーンも、右サイドから出たボールを、香川が相手のラインとラインの間に出来たスペースで受けた瞬間に勝負があった。ブルーノが気付き、飛び出た際に出来た最終ラインのギャップに古橋が駆け込む。それを見た香川は絶妙のワンタッチパス。キーパーとの1対1も冷静にいなしてゴール。私は選手が疲弊し、陣形が脆くなった終盤勝負だと思っていたので、前半35分などという早い時間にゴールが生まれるなど思いもしなかった。予想外の喜び。
しかしその後、長い長い我慢の時間が始まった。相手に弱気を見せず、ミスを無くし、55分間、冷静に振舞う。それがどれ程困難な事か。札幌は失点後もスタイルを極端には崩さなかった為、胃の痛くなるような神経戦が延々と続いた。
そんな中で、ホンダロック戦では脆さを見せたCB、羽田と前田の働きが光った。極めて冷静に、自分が出来る仕事を黙々とこなしていた。前田がイエローを一枚貰い、ボールの処理ミスからあわやのシーンを一度作った以外は、ほぼノーミス。
唯一ヒヤヒヤとしたのはゼ・カルロス。どんな試合であれ、自らのリズム、スタイルを崩さない。それは長所であり、短所でもある。天真爛漫なプレーは、相手に付け入る隙を与えかねない。実際大怪我になりそうなシーンもいくつかあった。ただゼ・カルロスがいたからこそ相手を押し込めた、というシーンも同じくらいあったので、この辺りは微妙かもしれない。
後半は、もう我慢比べといった様相。どれだけ自らのプレースタイルを維持できるのか、心身のスタミナが切れた方が負けだった。
果たして、中盤のボールをキープする能力は落ちなかった。香川は相変わらず、ジェルマーノは猟犬のように駆け回り、アレーは自分の間合いに入ったボールをしっかりとホールドする、濱田も目立たないながら、しっかりと仕事をしていた。2人がかりのプレスにも落ち着いた対応。もう少しミドルシュートの精度が上がっていれば、楽な戦いが出来たかも知れないが、これまで3試合で1点もとられなかった相手を向こうに回して押し気味の試合展開、文句は言うまい。
森島康から小松への選手交代もいい時間帯だった。
森島康は何度かのジャッジと接触プレーから冷静さを欠き始めていた。あのままプレーしていたとして、森島康らしいプレーが出来ていたかは疑問だ。フリーラン、前線からの守備、キープを冷静にこなす小松がベンチにいる。使わない手は無い。
2人目、3人目の交代に躊躇したのも理解が出来る。守備固めなどして中盤のメンツを代えるのはリスキーだし、それならばこのままで、という意識が働いても不思議ではない。結果として、辛勝ながら勝ち点3を首位から奪えたのだから、こちらも文句は無い。
上位陣の勝ち点差がどんどん詰まってきた。京都、仙台上位対決2連戦如何では、昇格争いの「台風の目」から「一角」へと変わる可能性すらある。今はただ勝利に酔いしれたいが、明日からはまた新しい戦いに向け、意識を高めよう。残り8戦、落としていい試合は一つも無い。
posted by 西中島南方 at 01:31
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